前回、我々の症例報告が、イギリスの医学ジャーナル「BMJ Case Reports」に掲載されたことを報告しました。
Kamei H, Furui M, Matsubara T, Inagaki K.
Gingival enlargement improvement following medication change from amlodipine to benidipine and periodontal therapy.
BMJ Case Rep. 2022 19;15(5):e249879.
そこで、今回は論文の概要について、記載しようと思います(^^)
まず、前置きをお話しますと、高血圧治療薬であるカルシウム拮抗薬が歯肉増殖症を誘発する可能性があることは(誘発率は高くありません)、歯周病治療や高血圧治療に関する教科書や参考書に記載されているため、医科歯科の分野で広く知られています。
しかし、カルシウム拮抗薬の中には、歯肉増殖症を誘発することが論文報告されていない薬剤(そもそもその薬剤に誘発機構が無いか、誘発した症例はあったが論文報告されてないだけかは分かりません)や、報告はあるものの誘発率の極めて低い薬剤が存在することには注目されてません。そこで、我々の論文では、これまで着目されてこなかったその視点に着目しました。
今回の報告を要約すると「歯肉増殖症を引き起こしたカルシウム拮抗薬を、他のカルシウム拮抗薬に変更することを担当医師(医科)に提案し、医師に薬剤変更して頂いた結果、血圧のコントロールにも悪影響を与えずに、歯肉増殖症が改善し、良好な治療結果が得られました」という内容です。
(ここからは若手医療従事者向けです^^)基礎的な内容を整理しますと、高血圧治療薬であるカルシウム拮抗薬は、細胞内のカルシウムイオン濃度を調節するカルシウムチャンネルに作用することで、血圧の上昇を抑制します。
カルシウムチャンネルは5種類のパーツ(α1、α2、β、γ、δサブユニット)で構成されているのですが、カルシウムイオンは、その中でも主にα1サブユニットというパーツを経て、細胞内に流入することが知られています。
またこれまでに、10種類のα1サブユニットが確認されていて、カルシウムチャンネルを構成するα1サブユニットの種類によって、カルシウムチャンネルの特徴が異なることが知られています。
さらに、カルシウムチャンネルは神経末端に存在する神経型(N型)、不活性化速度が遅い長期持続型(L型)、不活性化速度が速い過渡型(T型)等に分類されています(Hayashi et al., Ca2+ Channel Subtypes and Pharmacology in the Kidney, Circulation Research. 2007;100:342–353より引用)。
過去の論文を整理した結果、これまでに歯肉増殖症との関連性が報告されているカルシウム拮抗薬10種のうち9種は、L型カルシウムチャネルにのみ作用する「L型カルシウム拮抗薬」であるという共通点に注目しました。
この共通点は非常に興味深いのですが、高血圧治療にL型カルシウム拮抗薬が広く使用されているために、たまたまこのような結果になっているのか、薬剤の作用機序に発症の原因が隠れているかは、現時点ではわかりません。
このような小さな報告が、どこかの研究者の目に留まり、基礎研究が進展することで、いまだに発症機序が明らかでない、カルシウム拮抗薬誘発性歯肉増殖症の発症メカニズムが明らかになることを期待したいと思っています。